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株式会社TBSテレビ(ティービーエステレビ、英称:Tokyo Broadcasting System Television, Inc.)は、関東広域圏を放送対象地域としてテレビジョン放送を行う一般放送事業者である。東京放送ホールディングス(以下TBSHD)の連結子会社。略称はTBS。
本項では、法人としての株式会社TBSテレビ、及び放送局としての『TBSテレビ』、『TBSテレビジョン』について記述する。
概要
1955年4月1日、ラジオ東京は日本の民間放送で2番目にテレビ放送を開始し、同時に東京で唯一のテレビ・ラジオ兼営局となった(2001年に分社化)。当時のラジオ東京はニュースネットワーク(JNN)を形成するにあたって新聞色の払拭を進めたことで、多くの地方局をJNNへ取り込むことに成功し、強力な報道体制を確立した。2009年3月までは、放送免許は親会社の東京放送が保有していた為、厳密には「放送事業者」ではなく「テレビ番組制作会社」であり、日本民間放送連盟(民放連)に加盟していなかった。
同年4月1日付で東京放送(同日に『株式会社東京放送ホールディングス』に商号変更)が分割され、テレビ放送免許の承継を含むテレビ放送事業と、赤坂サカス・赤坂BLITZといった各種施設の運営や催事等の文化事業を吸収し、略称を『TBS』に変更。一般放送事業者となり、民放連にも加盟した。そのほか、TBSラジオ&コミュニケーションズから同社送信所(埼玉県戸田市)の保守管理業務を受託している。
特色
1963年にはゴールデンタイムの年間視聴率で第1位となり、1981年までの18年間にわたってトップを維持した。この頃のTBSは「キー局の雄」や「民放の雄」と呼ばれ、キー局だけでなく、日本の民間放送界をもリードする存在であった。1978年には民放史上初の視聴率三冠王を達成している。1970年代には「8時の空」という10分の気象情報番組で、各地の天気カメラをつなぐ「お天気カメラリレー」を開始させた。しかし、1980年代後半から1990年代にかけて、社内の人員構成の高齢化などで番組編成の新陳代謝が大幅に遅れ、徐々にその勢いに陰りが見え始める。特に1990年代は「冬の時代」と言われ、視聴率が民放キー局で第4位になることも多くなった。後述の大型改編を1980年代後半から他局に比べ頻繁に行っているが、それが裏目に出て、NHKやテレビ東京を下回る視聴率を出してしまうなど、さらなる低迷を促す悪循環に陥ることも多くなっている。その反動からか、2000年代以降は1970年代-80年代に人気を誇った番組(例:『8時だョ!全員集合』、『ザ・ベストテン』、『テレビ探偵団』、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』等)の再編集版やリメイク版などが放送されることが非常に多くなっている。この他には、毎年『日本レコード大賞』を放送している関係からか、歌謡曲の歌手や作詞家・作曲家が亡くなった際に追悼番組が組まれる機会が多い。
看板ドラマの当たりがライバルのフジテレビに比して減った反面、金曜22時のドラマでは積極的にジャニーズのタレントを起用、土曜20時台を若年層に特化して漫画原作の映像化を行うなど、視聴者の掘り起こしを進めた。この中から『木更津キャッツアイ』や『花より男子』、『ROOKIES』など、映画制作につなげて数十億円の興行収入を上げ、大ヒットを記録したドラマも出ている。
労働組合の力が強いことで知られる。その一例として、赤坂本社内のスタジオ(報道用のNスタ・Sスタ以外)については、労組との深夜労働に関する取り決めの関係から、事前に延長使用届を提出していない場合は24時(午前0時)に強制的に照明の電源が落とされる。そのため、通常の番組収録では、24時前に収録が終了する様スケジュールを組む。しかしながら、近年では『うたばん』をはじめ、それを逆手に取って笑いのネタとして積極的に活用する番組も現れている。
日本の民放テレビ局では最後まで消費者金融会社のコマーシャル(CM)を解禁していなかったが、2001年4月1日を以って解禁した。当時、TBSラジオでは既にCMを解禁していたが、テレビにおいては、坂本堤弁護士一家4人が殺害される事件の一因となった「TBSビデオ問題」の反省と、多重債務やグレーゾーン金利をはじめとした諸問題を恒常的に抱える業界の体質が背景にあったとみられる。
芸能プロダクションではホリプロとのパイプが太く、テレビドラマ『赤いシリーズ』をはじめ、古くから番組制作に関わっており、同じくホリプロと良好な関係にあるテレビ朝日と並んで、制作及び制作協力した番組が多い(ホリプロの制作番組一覧も参照)。他には、爆笑問題や橋下徹(現大阪府知事)、山中秀樹らを抱えるタイタンの所属タレントの出演も増えている。個人では、同局の長寿ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の主演を務めている泉ピン子とも結びつきが強く、『渡鬼』以外にも単発ドラマの主演やバラエティ番組に多く起用されている。近年はEXILEとの関係を深めていて、年現在で2つのレギュラー番組を抱えるほか、ゲスト出演も多い。
文字多重放送による字幕放送対応のバラエティ・情報番組が1990年代から当局でも数多く放送されているが、2009年頃から制作費削減のため、字幕放送を行っているレギュラー番組(ドラマ除く)では週によって行う場合と行わない場合がある。
アニメ
- TBSでは1963年、平井和正原作によるSFアニメ『エイトマン』でアニメーション制作に参入した。日本のテレビ局による国産テレビアニメの参入はフジテレビに次いで2番目で、テレビアニメ黎明期の1960年代後半は『オバケのQ太郎』、『パーマン』、『怪物くん』などの藤子不二雄原作作品から『スーパージェッター』、『宇宙少年ソラン』、『冒険ガボテン島』など大ヒット作を連発した。
- 腸捻転時代の在阪準キー局であった朝日放送(ABC)とネットを組んでいた時代、ABCが制作した『ふしぎなメルモ』、『海のトリトン』、『ど根性ガエル』といった作品が大ヒットした。ABC制作作品の『はじめ人間ギャートルズ』は放送途中のネットチェンジでNETテレビ(現・テレビ朝日)系列に移動した。
- TBS(JNN)ネットワークのアニメーション番組を長年支えてきたのは在阪準キー局の毎日放送(MBS)(毎日新聞社との資本関係は様々な経緯から現在は解消したが、TBS・RKBと共に友好社となっている)であり、本放送以来約10年ぶりにゴールデン帯で再放送された『まんが日本昔ばなし』をはじめ、最近では『機動戦士ガンダムSEED』や『鋼の錬金術師』などのアニメ作品を制作してきた。
- 近年、TBSが制作するテレビアニメ番組は自局または持分法適用会社のBSデジタルテレビ放送局・BS-TBSの、共に深夜枠(深夜アニメ)がほとんどである。2000年代に入ってからは、TBS制作全日帯アニメは数えるほどしかなく(ゴールデンタイムにいたっては『探偵学園Q』のみ)ほとんどがMBS制作である。
- 先述のように近年までMBS・中部日本放送(CBC)制作深夜アニメの逆ネットには消極的だったが、2006年以降は両局ともに1本ずつ逆ネットしている。
- また一時期にはTBSが制作に携わりながら、当のTBSでは放映せず、TBSネットワークではなくUHFアニメとして放映される作品もあった(ただし、BS-TBSなどTBS関連の衛星放送局で放映することがあるほか、過去にはRKB毎日放送で放映した作品もあった)。
- 2007年10月より2クール放映の『灼眼のシャナII (Second) 』(MBS制作)は、UHFアニメ史上初めて続編が在京キー局系列で放映された(その逆は何度かあった)。
- TBS制作の深夜アニメは在京局の中で字幕放送をいち早く導入しているが、ハイビジョン(16:9SDマスター)での放映は2009年10月放送の作品からであるただし2009年4月より金曜深夜に放送中の『カード学園』内ぷちアニメ『ヴァイス サヴァイブ』に関してはそれに先駆けて16:9ハイビジョン制作・放映となっている。本編冒頭に警告テロップが挿入される。。それまでは16:9SDマスター作品もサイドカットした4:3で放送されていたTBSが販売にも関与している一部の深夜アニメのレンタルDVDも同様である。(『探偵学園Q』 および『カード学園』内ぷちアニメ『ヴァイス・サヴァイヴ』のみ地デジではフルサイズ、地アナではレターボックスにして放送)。但し、単に機械的にカットするのではなく不自然な画面構成とならないよう場面に合わせてカットする位置を変えていた。その為オープニングクレジットやエンディングクレジットも、それぞれの画角に合わせて別々に作られていた(字の大きさや位置が異なる)。BS-TBSでの放送時はHDにアップコンバートしサイドカットなしで放送されていた。
- MBS・CBC制作の深夜アニメは2007年4月期から16:9サイズ(サイドカットなし、一部HDマスターあり)が基本フォーマットとなっている。
- 2010年4月現在、TBSではアニメ枠は週6本あるが(再放送は含まない)、そのうちの3本は系列局からの逆ネット枠(MBSから2本、CBCから1本)である。つまり、系列局から逆ネットするアニメが半数を占めている。
- TBSと系列局が共同制作した作品が、全日帯・深夜枠ともにいくつか存在する。
- 2009年10月よりTBS系列東名阪ネットで『魔法少女リリカルなのはA's』が再放送されたが、元はUHFアニメとして放映された作品を在京キー局系列で再放送の極めて異例の事例である。
- 2010年4月期は新作は4本となり、1月から放送されているMBS製作と合わせて5本と過去最高となる。
特撮
TBSが制作していた特撮番組としては、円谷プロダクション制作の「ウルトラシリーズ」が有名であるが、時間帯などの関係で「平成ウルトラマン」シリーズと呼ばれる「ウルトラマンティガ」-「ウルトラマンコスモス」はMBS、「ウルトラマンネクサス」以降はCBC制作となっている。「仮面ライダーストロンガー」 - 「仮面ライダーBLACK RX」以降の仮面ライダーシリーズの放映権も持っていたが(制作は初代シリーズからのMBS)、2000年に制作されたいわゆる「平成仮面ライダーシリーズ」の第1作となる「仮面ライダークウガ」からは、共同制作している東映が大株主であり、初代シリーズから「仮面ライダーアマゾン」までMBSからネット受けしていたテレビ朝日が制作・放送している。
在阪準キー局制作の特撮番組では、腸捻転時代はABC制作の「好き!すき!魔女先生」の1作品のみであったが、ネットチェンジ後は「仮面ライダーシリーズ」「ウルトラシリーズ」以外にMBS制作の「宇宙鉄人キョーダイン」と「大鉄人17」の2作品が放送されただけであった。ちなみに、この3作品は「仮面ライダー」と同じく石ノ森章太郎原作で東映が制作している。
また、円谷プロ制作作品では「ウルトラシリーズ」以外に「電光超人グリッドマン」を放映していた。他にCBC制作の「美少女戦士セーラームーン」が放送された。
沿革
- 1955年(昭和30年)4月1日、ラジオ東京((法人としては)現在の東京放送ホールディングス)が東京都港区赤坂一ツ木町(現在地)で地上アナログテレビジョン放送の本放送開始(呼出符号JOKR-TV、チャンネル6、映像出力10kW、音声出力5kW。送信所も同所。なお世間一般には、新聞のテレビ欄表記から「KRテレビ」や「ラジオ東京テレビ」と呼ばれていた)。
- 1958年(昭和33年)5月29日、在京民放で初めて米アンペックス社製の2インチVTRが2台導入される(当時の金額で1台2500万円だった)。
- 1958年(昭和33年)6月8日、同局初のVTRを使った番組「ナショナル日曜観劇会『デン助の裏町人情』」が放送される放送は13時15分からの45分間で、番組の収録は2日前に、松竹演芸場のデン助劇団の21時からの公演を収録したという。。これを契機に、同局のVTRを使った番組が増加する但し、当時のビデオ・テープは米3M社製の輸入品のみで、1時間録画ができるそれで当時のお金で1本約100万円もする余りにも高額な物で、更に消去できて使い回しができるので、同年に製作されたドラマ「私は貝になりたい」以前のビデオ・テープは同局では残されていないという。。
- 1958年(昭和33年)10月31日、同局初のVTRを使ったテレビドラマ『私は貝になりたい』(加藤哲太郎題名・遺書、橋本忍脚本、岡本愛彦演出。VTRは前半で使用し、後半は生放送)を放送。大反響を呼び、この年の芸術祭大賞を受賞した(番組は全編ビデオテープにて現在も保存されている)。
- 1959年(昭和34年)8月1日、皇太子ご成婚パレード中継での取材協力を機に、NHKに対抗する日本初のニュースネットワークとして「JNN(Japan News Network)」を結成。
- 1960年(昭和35年)1月17日、テレビ送信所を赤坂から東京タワーに移転。映像出力50kW、音声出力12.5kWに増力。当時の赤坂送信所に使われていたアンテナの頂部エレメントは現在、正門前に記念碑として設置されている。
- 1960年(昭和35年)9月10日、カラーテレビ本放送を開始(カラー放送は開始当初1日平均5分のフィルムによる番組しか行っておらず、カラーVTRを同社はまだ使っていなかった。ちなみにNHK、日本テレビと共に東京地区では初だった)。
- 1960年(昭和35年)10月、ラジオ東京が東京証券取引所第一部に株式を上場。
- 1960年(昭和35年)11月29日、株式会社東京放送と商号変更し、略称をTBSとする。この頃、「東京テレビ」「東京ラジオ」という呼称を採用したものの、定着には至らなかった。
- 1961年(昭和36年)8月、電波を象徴した新社名ロゴタイプ(筆写体)制定。(デザイン:今道潤三、制作:市川景)
- 1961年(昭和36年)9月、コーポレートカラー「光の3原色(青・赤・緑=能力・熱意・責任)」制定。車両の塗装等に使用開始。
- 1961年(昭和36年)10月、「光の3原色」による社旗、社章(バッジ)制定。
- 1961年(昭和36年)10月12日、赤坂のテレビスタジオ隣に本社社屋完成。ラジオスタジオおよび本社機構を移転。
- 1961年(昭和36年)12月1日、社名呼称をTBSに統一(公用文等を除き、原則「東京放送」を使用しない)。
- 1962年(昭和37年)10月1日、史上初の“キャスターニュース”且つネットワーク制作参加ニュース『JNNニュースコープ』スタート(初代キャスターは元参議院議員の田英夫と元読売新聞記者の戸川猪佐武)。
- 1964年(昭和39年)10月10日、東京オリンピック開始に伴い、テレビ放送で、同社初の放送でのカラーVTRの稼動を始める(この開会式が、TBSが録画したもので残っている最古のカラービデオである)。
- 1967年(昭和42年)1月15日、『東芝日曜劇場・女と味噌汁』(1965年から始まった連続シリーズ)が局初のカラーテレビドラマ(カラーVTR録画・再生)として制作、放送。
- 1968年(昭和43年)9月30日、この日の夕方のテレビ『JNNニュースコープ』からテレビニュース報道のカラー放送を開始。これに伴い、カラーフィルムによるニュース取材を開始。
- 1969年(昭和44年)12月31日、『輝く!日本レコード大賞』をテレビ生中継(カラー)で放送。以後、毎年同局の大晦日の看板番組となる。
- 1974年(昭和49年)11月18日、近畿地方の準キー局が、これまでの朝日放送(ABC)から毎日放送(MBS)にネットチェンジすることで基本合意。ABCはこれまでMBSとネットを組んでいた日本教育テレビ(NET。現・テレビ朝日)とネットを組み、MBSに代わってANNに属することになった。
- 1975年(昭和50年)3月31日、テレビのTBS-MBSの新ネットワークがスタート。テレビネットワークのいわゆる“腸捻転”が解消され、NET系で放送されていた『アップダウンクイズ』や『八木治郎ショー』、『野生の王国』、『ヤングおー!おー!』関東地区では当初はNETにネットされていたが、NETの編成方針で打ち切りとなり、東京12チャンネル(現・テレビ東京)にネットが移行されネットチェンジ直前までネットされた。TBS系列の中国放送とRKB毎日放送は腸捻転時代から既に番組販売扱いでネットされていた。などのMBS制作番組がJNNのネットワークに引き継がれた。
- 1977年(昭和52年)8月29日、史上初の3時間ドラマ『海は甦る』(江藤淳・作、仲代達矢主演)を放送。なお番組中、スポンサーの日立製作所も史上初の3分CMを4本放送。
- 1978年(昭和53年)11月20日、テレビ音声多重放送を開始(実用化試験放送。最初の放送は「JNNニュースコープ」の2ヶ国語放送。同局のステレオ放送第1号は、同11月25日の「クイズダービー」。しかも、その「クイズダービー」は、おそらく世界初のステレオ放送のクイズ番組であった)。
- 1981年(昭和56年)3月、横浜市緑区(現:青葉区)に緑山スタジオ・シティ完成。
- 1981年(昭和56年)春頃、テレビ音声多重ステレオ放送で、音声媒体としてPCMデジタルプロセス(録音から編集、再生まで全て)を採用した当時としては画期的な番組を放送する(多分、世界初。内容は小沢征爾指揮によるストラビンスキー『春の祭典』。同じ演奏を映像と音声は別々にタイム・コード同期されて記録、編集し、再生され送出された。ただし、PCMデジタルプロセスを用いたにもかかわらず、放送自体はアナログである)。
- 1983年(昭和58年)11月、テレビ音声多重本放送開始。
- 1986年(昭和61年)4月、テレビ文字多重本放送開始。
- 1987年(昭和62年)10月、テレビ24時間放送開始。
- 1989年(平成元年)8月24日、テレビ・クリアビジョンの本放送を開始。
- 1990年(平成2年)頃、日本の放送業界で初めてテレビ放送の送出媒体として、D-2方式によるソニー製デジタルVTRを稼動開始(初めはCM送り出しに使用された)。
- 1990年(平成2年)12月2日、創立40周年事業として、宇宙特派員・秋山豊寛を乗せた宇宙船(ソユーズ)をソ連・カザフのバイコヌール宇宙基地から打ち上げる(「TBS宇宙プロジェクト」)。
- 1991年(平成3年)9月30日、コーポレートアイデンティティ(ミクロコスモス)導入。これに伴い、長年親しまれてきた筆記体マークを廃止2000年代になってから同局番組「ドリーム・プレス社」は番組ロゴの一部として筆記体マークを使用していた。。
- 1992年(平成4年)12月30日、『元旦まで感動生放送!史上最大39時間テレビ』を放送。
- 1994年(平成6年)1月頃、「ミクロコスモス」によるシンボルマーク、簡略形マーク、社名ロゴタイプを廃止。新ロゴタイプ(製作:小河原義一)に統一し、使用開始(現在も使用されている)。
- 1994年(平成6年)10月3日、 現社屋「TBS放送センター」(愛称:ビッグハット)に移転。旧社屋は「赤坂メディアビル」に改称。正面ゲート守衛詰所・車両検問所の建屋は、円盤形の屋根がついていることからビッグハットにちなみ、“スモールハット”と称されている。この日は21時から約2時間、新社屋移転の特別番組が生放送された(運用開始したA・Bスタジオからの生放送や社屋移転で運用を終了した旧社屋Gスタジオ内部の様子も放送された)。
- 1998年(平成10年)4月1日、CS「JNNニュースバード」放送開始(2006年4月「TBSニュースバード」に名称変更)。
- 2000年(平成12年)2月、TBSグループ、JNN、TBSネットワークの共通新シンボルマークとして、漢字の“人”をモチーフにした「ジ〜ン」(一般公募)を制定。『JNNニュースの森』(当時)や『NEWS23』など全てのJNNニュース番組のサブタイトルや、MBSやCBCなど系列局制作も含めた全国ネット番組のクレジットタイトルなどで表示されている現在はJNNニュース番組での表示は一部を除き無し。なお現在はTBS制作の一部の全国ネット番組のクレジットタイプで表示されない。。また一部系列局でも、ローカルニュース番組のセットに使用されたことがある(現在は廃止されている)。
- 2000年(平成12年)3月21日、東京放送はラジオ現業部門を行う 株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズ、テレビの娯楽番組制作を行う 株式会社TBSエンタテインメント(現 株式会社TBSテレビ)、テレビのスポーツ番組制作を行う 株式会社TBSスポーツの3つの連結子会社を設立・分社化し事業を分割。
- 2001年(平成13年)3月1日、東京放送は情報番組・情報生番組の制作を行う連結子会社 株式会社TBSライブを設立・分社化し事業を分割。
- 2001年(平成13年)10月1日、東京放送は中波放送局の免許(コールサイン:JOKR)を株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズに承継。これに伴いテレビ局のコールサインをJOKR-TVからJORX-TVに、呼出名称も『東京放送』から『TBSテレビジョン』に変更。
- 2002年(平成14年)7月1日、CS放送局「TBSチャンネル」放送開始。
- 2003年(平成15年)12月1日11時、地上デジタルテレビジョン放送の本放送開始。
- 2004年(平成16年)キャッチフレーズに“チャンネル・ロック”を採用。地上デジタル放送もアナログ放送同様6chであることを受け、固定 (lock) や音楽 (rock) の意味を込めた。
- 2004年(平成16年)10月、東京放送はTBSエンタテインメントを存続会社とし、TBSスポーツ、TBSライブのテレビ子会社3社を合併し株式会社TBSテレビに商号変更。放送(送信)・経理以外のテレビジョン放送事業全般を一社に集約し業務委託する。
- 2005年(平成17年)2月7日、地上デジタルテレビジョン放送・アナログテレビジョン放送の送出を簡易マスターから統合型マスター(NEC製アナログ・デジタル統合マスター)に移行。
- 2005年(平成17年)3月、TBS平日ワイド大改編『TBSの変』実施。
- 2005年(平成17年)4月1日、開局50周年を迎える。
- 2005年(平成17年)11月1日、PCおよびSTB利用によるブロードバンドテレビ向けの動画オンデマンド配信サービス「TBS BooBo BOX」を開始。
- 2006年(平成18年)3月1日、生番組のほとんど全部がハイビジョン化される。
- 2006年(平成18年)4月1日、地上デジタルテレビジョンワンセグの本放送を開始。また、テレビのサービスエリアである関東区域内の報道取材が原則としてすべてハイビジョン化される(民放初)。
- 2007年(平成19年)3月下旬、生番組系で使用される字幕(テロップ)・CGシステムの更新を開始。4月22日をもって完全に新システムへ移行完了。
- 2008年(平成20年)9月1日、PCおよびSTB利用によるブロードバンドテレビ向けの動画オンデマンド配信サービス「TBS BooBo BOX」を「TBSオンデマンド」にリニューアル。
- 2009年(平成21年)2月3日、3月28日までの期間限定トライアルとして「TBSオンデマンド無料見逃しサービス」と題し、地上波ゴールデン・プライムタイムで放送中の『ラブシャッフル』と『ザ・イロモネア』をPC向けに広告付きで無料配信。
- 2009年(平成21年)4月1日、東京放送は株式会社東京放送ホールディングスに商号を変更し認定放送持株会社に移行、同時にテレビ放送免許を含むテレビ放送事業をTBSテレビに分割・承継、TBSテレビが一般放送事業者となり同時に略称もTBSを継承した。
- 2010年(平成22年)6月29日、2010 FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦、日本代表VSパラグアイ代表をTBSとJNN系列局、系列局のない県のテレビ局の秋田放送、福井放送、四国放送(いずれもNNS・NNN系列。福井放送はANNとのクロスネット)、サガテレビ(FNS・FNN系列)で地上波独占放送し、関東地方での平均視聴率がTBS史上最高の57.3%を記録した。
- 2010年(平成22年)7月5日、日本放送協会(NHK)と日本民間放送連盟の申し合わせにより、地上デジタルテレビジョン放送への完全移行を前提に、アナログテレビジョン放送に於いての全番組がレターボックス放送(画角サイズ16:9。CMは除く)に移行。
- 2010年(平成22年)7月30日、総務省より「ホワイトスペース特区」としての免許を取得(赤坂、31ch、出力10mW)。同年8月7日より実証実験を開始。BS-TBS、ホワイトスペースで国内初の地上波3D生放送(日本経済新聞、2010年8月25日)
- 補足
TBSテレビジョン(東京放送)の新聞ラ・テ等番組表のおける表記は、ラジオ東京時代(1955年-1960年)は「KRテレビ」(←JOKR-TV)、TBS社名変更後の1960年から1961年秋ごろまでは「東京テレビ」(東京放送テレビ)としていたが、以後は「TBSテレビ」で統一している。
大型番組改編
1987年改編
1980年代後半以降最初に行われた大改編として、1987年10月に始まった平日22時台の帯ニュース番組『JNNニュース22プライムタイム』が挙げられる。裏番組で人気番組となったニュース番組『ニュースステーション』(テレビ朝日)に対抗する形で始まった。これに伴い、1984年から18時30分 - 19時20分というゴールデンタイムに食い込む形で放送されていた夕方全国ニュース『JNNニュースコープ』が再び19時までの放送時間へと縮小された。また、最終便ニュース『ネットワーク』も終了した。放送時間の確保のため、平日22時に放送されていた『月曜ロードショー』(月曜・2時間枠)、『そこが知りたい』(火曜)、『水曜ドラマスペシャル』(水曜・2時間枠)、『中村敦夫の地球発22時』(木曜)、『金曜ドラマ』(金曜)などが枠移動した。
ここまでして鳴り物入りで始まった『プライムタイム』だったが、視聴率で圧倒的な差をつけられて1年で番組が打ち切り。その後『JNNニュースデスク'88・'89』となったが、1989年秋に平日22時台から帯ニュース番組を撤退し、『筑紫哲也 NEWS23』で再び23時台に戻った。
1992年改編
その後、1992年にはバラエティ&クイズ番組大改革が行われた。バラエティ番組を減らして情報番組を増やすという編成改革により、『わくわく動物ランド』、『クイズ100人に聞きました』、『テレビ探偵団』、『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』、『クイズダービー』等、視聴率の高低、地域差などにもかかわらず、当時放送されていた1970年代 - 1980年代からの長寿番組を次々と独断で強引に打ち切った。その後番組として『Goodジャパニーズ』などの新機軸の番組が野心的に企画した。
1992年10月から月曜 - 木曜の19時台を『ムーブ』と呼ばれるバラエティ番組枠を当時の社長磯崎洋三の「つるの一声」ではじめた。この番組の開始に伴い再び番組の大移動や終了が相次ぎ、『クイズ100人に聞きました』、『わいわいスポーツ塾』、『ギミア・ぶれいく』(その後、2008年10月に『バラエティーニュース キミハ・ブレイク』に番組タイトルを変えて復活)などが姿を消した。
しかし、この大改革も『関口宏の東京フレンドパーク』や『上岡龍太郎がズバリ!』が残ったものの結果的に1年で失敗した。そこに追い討ちをかけるように1996年に発覚した「オウム真理教関連の事件であるTBSビデオ問題」をはじめとした不祥事が頻発。視聴率に関しては「冬の時代」を迎えることとなった。
こうしたことから、TBSの視聴率は、それまで万年4位であったテレビ朝日にも抜かれることが多く、以前のテレビ朝日について評された「振り向けばテレビ東京」というような言葉が、TBSについても言われるようになった。2001年ごろから、『K-1 WORLD MAX』やプロボクシング(亀田兄弟)といったスポーツ中継番組などによって、視聴率は1990年代の「冬の時代」から一時持ち直した。
2000年代後半以降の改編
しかし再び凋落現象が始まり、2000年代後半以降は番組編成に大鉈を振るうことが多くなっている。
2005年平日生ワイド改編(TBSの変)
2005年3月末をもって、視聴率不振が続く『ウォッチ!』、『(特)情報とってもインサイト』、『ジャスト』、『JNNニュースの森』などの平日ベルト番組を終了させるかつてない改編、通称「TBSの変」を敢行した。『ウォッチ!』の後枠にはみのもんた司会の『みのもんたの朝ズバッ!』がスタート。『とってもインサイト』の後枠には『きょう発プラス!』を昼のJNNニュースと統合・拡大して2時間番組として開始。夕方ニュース枠『ニュースの森』の後枠には『イブニング・ファイブ(JNN枠は『JNNイブニング・ニュース』として区別)』として他局に追随し2時間のワイド編成となった。
2006年4月3日からは『ジャスト』を終了して以降、再放送枠になっていた平日14時台に、1年ぶりの生情報番組『2時ピタッ!』がスタートした。
『朝ズバッ!』と『イブニング・ファイブ』は成功し番組は軌道に乗ったものの、『きょう発プラス!』と『2時ピタッ!』は視聴率で苦戦し、双方の番組出演者・スタッフが担当する時間帯を一部入れ替えた形で、『ピンポン!』と『2時っチャオ!』を2006年10月2日よりスタートさせた。
また、これまで行っていなかった系列局制作の深夜アニメの逆ネットを金曜深夜枠にて開始している(CBCは2006年4月より、MBSは2006年10月より)。
2008年大改編
2008年4月の春改編にて、従来日曜夕方に放映されていた『JNN報道特集』を土曜夕方に移動・拡大し、夕方ニュース枠も取り込んだ上で『報道特集NEXT』としてリニューアルした。これに伴い、土曜日の『JNNイブニング・ニュース』は年末年始を除いて通常放送を終了し、さらには、1992年から14年に渡って土曜18時に存在したMBS制作枠(アニメ・特撮枠、通称『土6』)が日曜17時(通称『日曜午後五』)に移動した。移動後第1作は『コードギアス 反逆のルルーシュR2』。また「8時だョ全員集合」より続く、「土曜8時枠」をバラエティからドラマ枠に変更。変更後第1作は『ROOKIES』。10月の秋改編には、プライムタイムを中心に大改編を行った。視聴率が低調だった水曜日のプライムタイムの全番組が改編され、バラエティ番組の『悪魔の契約にサイン』を除き、『復活の日』、『水曜ノンフィクション』、『久米宏のテレビってヤツは!?』(MBS制作)と4番組中3番組がドキュメンタリー・情報番組に改編された。火曜日には20時からの2時間枠で『バラエティーニュース キミハ・ブレイク』が放送開始。かつての人気番組『ギミア・ぶれいく』(1989年 - 1992年)のリメイク企画である。
しかし、両改編共に結果は芳しくなく、特に水曜プライムタイムの各番組は視聴率が1桁、『水曜ノンフィクション』に至っては5%未満の回が頻発している。また、2009年1月14日は『悪魔の〜』を除いて視聴率が3番組共6.6%という珍事が起きた。
2009年春の大改編(第二の開局)
2009年春改編のキャッチコピーは「TBSが変わる TBSを変える No TV? but TBS」。TBSは4月1日から完全に持株会社制へ移行し、ちょうどJNN結成から50周年にあたる2009年の春改編を“第二の開局”として大々的に内外にアピールした。2009年にもニュース番組を中心に大改編をしており“報道のTBS”の復活を狙っている2009春の新番組。この年の3月29日23時55分から3月30日(放送上の日付としては29日深夜扱い)0時10分まで、その第2の開局をPRする特番を放送、日付をまたいだ30日0時10分から『S☆1・J-SPO』から早速新年度編成を開始させた。
2009年春の改編で、最終便ニュース『NEWS23』は、視聴率の低迷と番組の顔であった初代メインキャスター筑紫哲也の死去に伴い、30分程度のストレートニュースに縮小される。空いた30分を月 - 木曜日の23時台後半枠に『吉崎金門海峡(よしざきゴールデンゲート)』というバラエティ番組ゾーンに切り替え、先行する『ネオバラエティ』(テレビ朝日)などの他局の同時間帯の番組に対抗する2009春の新番組。火曜日は毎日放送制作の番組になるTBS「チュー's DAY コミックス」。『NEWS23』短縮の代替として、同年4月より平日の17時50分 - 19時50分 (JST) の時間帯に超大型報道番組『総力報道!THE NEWS』が登場する。これにより『イブニング・ファイブ』スポーツ報知:TBS「イブニング・ファイブ」来春打ち切りが終了する。空いた平日17時台には帯情報番組『サカスさん』TBS「サカスさん」となり、『総力報道!THE NEWS』の入る平日19時台で放送されていた番組を中心に終了・移動が多発する。平日19時台のバラエティ番組のうち、『関口宏の東京フレンドパークII』と『ぴったんこカン・カン』のみ枠移動で継続となるが、他の番組は打ち切りとなった。また、1992年秋の『ムーブ』改編時と同様に、『うたばん』、『ザ・イロモネア』、『どうぶつ奇想天外!』、『ドリーム・プレス社』など玉突き移動や打ち切りが続発する。
昼の『ピンポン!』スポーツ報知:TBS「ピンポン!」来年3月終了へ、平日13時台の『愛の劇場』・『ひるドラ』も終了 愛の劇場 最多「五つ子」で40年の歴史に幕 スポーツニッポン 島崎和歌子、昼ドラ“休止”に笑顔でコメント「ラストとは思わない」 オリコン|ORICON STYLE 2008年12月8日し、平日11時 - 14時台に大型情報番組『ひるおび!』が開始される。TBS「ひるおび!」また、『ひるドラ』終了に伴い、同ドラマ枠制作局だった毎日放送・中部日本放送が代替として、『ひるおび!』の金曜日にCBCが13時台TBS「ひるおび!・えなりかずき!そらナビ、MBSが14時台TBS「ひるおび!・バンバンバン」で全国ネット枠を与えられる。一方で、大阪・毎日放送(MBS)制作のローカル番組を一切逆ネットを行っていなかったが、2008年10月にMBSでは火曜深夜に放送されている『よゐこ部』が不定期で逆ネット(この改編で土曜17時枠にて30分バージョンのレギュラーネットを開始)したのを機に、昼間の生情報番組『ちちんぷいぷい』が金曜のみ一部時間帯のみではあるが、逆ネットを行う姿勢も見受けられた。
- しかし、2009年4月9日には放送した全番組の平均視聴率が最高で7%台にとどまるという事件が起きた。この日最も高かったのは『水戸黄門(再放送)最終回』(16時00分 - 16時53分に放送)・『みのもんたの朝ズバッ!』(第3部…7時00分 - 8時30分に放送)の7.2%(同率)占拠率では「水戸黄門(再放送)最終回」が「みのもんたの朝ズバッ!」(第3部)より上位である。gooニュース TBS 9日最高視聴率は水戸黄門再放送…であった。それ以降も丸一日視聴率10%未満という日が続発し、ゴールデンタイムの平均視聴率がテレビ東京を下回って最下位になる日もあった。同年6月10日には、放送した全番組の平均視聴率が最高で6%台(最高は『みのもんたの朝ズバッ!』(第3部)の6.8%)にとどまるなど、局全体で低迷が続いているMSN産経ニュース:TBS、視聴率ピンチ 1ケタ続出、大幅改編が裏目に…。
こうしたことから、7月20日を皮切りに再度改編を行うことになった。『ひるおび!』月 - 木曜放送分を1時間短縮(終了時刻を13時53分終了に変更)、空いた14時台は『サカスさん』が3時間繰り上がり移動(但し、金曜日分は打ち切り)。また、『サカスさん』終了から『総力報道!THE NEWS』開始前までの空き時間はドラマ再放送か韓国ドラマ(例:『花より男子(韓国ドラマ版)』『宮廷女官チャングムの誓い』等)に充てることとなった(そのため『ちちんぷいぷい』のネットを4か月で打ち切っている)。一方ゴールデン・プライムタイムでは、水曜20時台の『水曜ノンフィクション 関口宏モトをたどれば』が6月3日付の放送分で視聴率2.8%と大変に苦戦しそのまま打ち切りとなり、翌週から新番組『激安バラエティー』がスタートした当初からの予定通り同年9月2日放送分をもって終了。。また、同じ曜日で22時台の『クメピポ! 絶対あいたい1001人』も開始当初から視聴率が苦戦したため7月いっぱいで打ち切りとなっている。
同年7月に実施した再度改編もテコ入れとならず、9月28日に2度目の改編を実施することとなり、平日の16時53分 - 18時40分に報道・情報番組『イブニングワイド』を開始させるのに伴い、『総力報道!THE NEWS』の放送時間がこれまでの2時間から1時間10分に短縮された。夏休み期間以降も特番を多く入れたものの、視聴率改善にまでは繋がらなかった。
この低迷が業績に大きく響く結果となり、テレビCM収入が想定より大幅に下回った結果を加え2010年3月期の連結最終損益が49億円の赤字に転落する見通しとなったTBS、最終赤字に転落へ CM収入低迷、視聴率底上げへ - ITmedia News。
全日・ゴールデンタイム・プライムタイムの平均視聴率がそれぞれNHKを含めて5位と低迷する一方で、11月29日に放送したプロボクシングの内藤大助×亀田興毅戦が43.1%を記録し、2009年の年間最高視聴率となっている(第2位は第60回NHK紅白歌合戦第2部の40.8%)。また、3月20日(春分の日)に放送したワールド・ベースボール・クラシック第2ラウンド「日本×韓国」戦も年間3位となる40.1%を記録し、年間視聴率ベスト3にTBSの番組が2番組入るという結果となっている。
2010年春の改編
2010年春改編のキャッチコピーは『TBS 6チェン!』。鳴り物入りで始まった『総力報道!THE NEWS』も視聴率が振るわず、開始わずか1年での短期打ち切りとなる。終了後は前座番組である『イブニングワイド』を『Nスタ』と改題して19時までの放送になり、平日19時台はバラエティ枠になる。また『総力報道!THE NEWS』開始に伴い放送枠移動となった『関口宏の東京フレンドパークII』は放送枠を月曜日19時台に戻し、『吉崎金門海峡』内で放送されていた『飛び出せ!科学くん』が土曜日19時台に移動して1時間番組となる。また同じく2009年春の大改編で放送枠縮小になった『NEWS23』が『NEWS23X』と改題して放送時間を22:54 - 23:45(金曜日のみ23:30 - 24:15)に拡大する。水曜劇場では韓国ドラマの『アイリス』を開始し、民放では初めて韓国ドラマをゴールデンタイムで放送することになった。上記の通り平日19時台は2002年から「総力報道~」が始まる前は18時55分のフライングスタートを実施していたが、8年ぶりに19時開始となり、裏番組と横一線にスタートすることになる。そのほか、『ひるおび!』金曜版も月 - 木曜同様13:50までの放送となり、『そらナビ』が現行より1時間繰り下がって13:55 - 14:55の放送、同じCBC制作の『ごごネタ!』金曜版も月 - 木曜同様に独立番組として放送となる。MBS制作の『バンバンバン』は、3月26日を以て終了する事が決定。よって『ひるドラ』後継枠のうちMBS制作枠は廃枠となり、CBC制作枠のみが『ごごネタ!』及び『そらナビ』として残る事となった。その他にも平日昼・午後の全国ニュース枠も『THE NEWS』から従来の『JNNニュース』と変わり、金曜午後の全国ニュース枠も現行の12:41頃から月 - 木曜同様13:41頃に変わる『THE NEWS』の兄弟番組『総力報道!THE NEWS』終了により、タイトル改題。。
一方、深夜番組は一部の番組を除いてハイビジョン製作化されている。また、新番組として月~木曜日の24時後半枠に1年ぶりの帯番組『全種類。』が放送されている。
放送地域
放送対象地域は関東広域圏であるが、放送区域は難視聴対策により沖縄県の大東諸島も含まれる。
呼出符号、呼出名称、チャンネル
- 呼出符号(コールサイン)
- 地上アナログテレビジョン放送 - JORX-TV(2001年9月30日まではJOKR-TV)
- 地上デジタルテレビジョン放送 - JORX-DTV
- アナログ波音声多重放送 - JORX-TAM(2001年9月30日まではJOKR-TAM)
- アナログ波文字多重放送 - JORX-TCM(2001年9月30日まではJOKR-TCM)
- アナログ波データ多重放送 - JORX-TDM(2001年9月30日まではJOKR-TDM)
- 呼出名称(コールネーム)
- 地上アナログテレビジョン放送 - TBSテレビジョン(2001年9月30日までは東京放送)
- 地上デジタルテレビジョン放送 - TBSデジタルテレビジョン
- チャンネル
局のアナログ放送のチャンネルは「6」であり、デジタル放送のリモコンIDも「6」である(同系列で岩手県のIBC岩手放送、石川県の北陸放送(MRO)もアナログ・デジタルともに「6」が使われる)。一部の地域ではデジタル放送のリモコンIDに「6」を使用していないが、NHKの地方拠点局のある地域に多く見られる(毎日放送、中部日本放送、RKB毎日放送など)他、広島県以西の放送局の多くがリモコンIDに「3」を使っていることも理由として考えられる中国放送(親局4ch)・長崎放送(同5ch)・熊本放送(同11ch)は当初は「1」を希望していた。テレビ山口(同4ch)と大分放送(同5ch)は県内5波のリモコンIDを隙間なく埋めることから「3」を獲得。大分県のリモコンIDは開局順に割り当てられている。沖縄県の琉球放送は在日米軍放送AFLとの重複回避上から「6」を使えなかった。。
アナログ放送の主な中継局
- 東京都
- 茨城県
- 水戸、(ひたちなか) - 40ch(垂直偏波)
- 鹿嶋 - 37ch
- 日立 - 56ch
- 十王、(高萩) - 55ch
- 栃木県
- 宇都宮 - 55ch
- 日光、(鬼怒川) - 56ch
- 矢板 - 42ch
- 群馬県
- 前橋 - 56ch
- 富岡 - 55ch(垂直偏波)
- 桐生 - 55ch
- 沼田 - 55ch
- 埼玉県
- 本庄 - 55ch(垂直偏波)
- 秩父、(小鹿野) - 18ch
- 千葉県
- 成田 - 55ch
- 銚子 - 55ch
- 香取佐原 - 56ch
- 勝浦 - 55ch
- 館山、(千倉) - 56ch(垂直偏波)
- 神奈川県
- 山下町 - 73ch (SHF)
- 横浜みなと - 56ch
- 横須賀久里浜 - 39ch(北方向は水平偏波・南方向は垂直偏波)
- 平塚 - 37ch(垂直偏波)
- 小田原、(箱根、真鶴、湯河原) - 56ch
- 沖縄県
- 南大東島 - 56ch
- 北大東島 - 44ch
など
デジタル放送の中継局
- 東京都
- 新島 - 22ch
- 伊豆大島 - 45ch
- 八丈 - 32ch
- 青梅沢井 - 22ch
- 八王子 - 22ch
- 新島本村 - 22ch
- 八王子上恩方 - 36ch
- 鶴川 - 39ch
- 茨城県
- 水戸 - 15ch
- 日立 - 15ch
- 十王 - 41ch
- 山方 - 22ch
- 常陸鹿島 - 22ch
- 日立神峰 - 22ch
- 竜神平 - 22ch
- 北茨城 - 15ch
- 奥久慈男体 - 22ch
- 大子 - 15ch
- 里美 - 15ch
- 御前山 - 22ch
- 水府 - 15ch
- 笠間 - 33ch
- 岩瀬 - 22ch
- 那珂湊 - 22ch
- 栃木県
- 宇都宮 - 15ch
- 矢板 - 15ch
- 足利 - 22ch
- 今市 - 22ch
- 馬頭 - 22ch
- 日光清滝 - 38ch
- 鹿沼 - 33ch
- 足尾 - 39ch
- 那須伊王野 - 22ch
- 日光広久保 - 16ch
- 黒羽中野内 - 22ch
- 烏山神長 - 22ch
- 南那須志鳥 - 22ch
- 黒羽川上 - 36ch
- 群馬県
- 前橋 - 36ch
- 沼田 - 22ch
- 利根 - 22ch
- 吾妻 - 22ch
- 下仁田 - 22ch
- 桐生 - 22ch
- 草津 - 15ch
- 片品 - 14ch
- 川場 - 22ch
- 沼田発知 - 27ch
- 桐生梅田 - 31ch
- 嬬恋田代 - 36ch
- 沼田沼須 - 27ch
- 倉渕 - 15ch
- 妙義 - 30ch
- 横川 - 22ch
- 嬬恋干俣 - 36ch
- 片品東小川 - 22ch
- 子持小川原 - 15ch
- 利根大原 - 22ch
- 白沢 - 20ch
- 松井田上増田 - 15ch
- 埼玉県
- 秩父 - 22ch
- 小鹿野 - 57ch
- 児玉 - 22ch
- 鬼石 - 20ch
- 秩父定峰 - 39ch
- 秩父栃谷 - 39ch
- 風布- 22ch
- 飯能上赤工 - 36ch
- 横瀬根古谷 - 36ch
- 飯能原市場 - 36ch
- 千葉県
- 銚子 - 22ch
- 東金 - 22ch
- 大多喜 - 22ch
- 君津 - 22ch
- 長南 - 15ch
- 市原加茂 - 41ch
- 勝浦 - 22ch
- 館山 - 22ch
- 小見川 - 22ch
- 佐原 - 22ch
- 下総光 - 22ch
- 丸山 - 41ch
- 勝浦総野 - 41ch
- 鴨川 - 48ch
- 神奈川県
- 平塚 - 22ch
- 小田原 - 22ch
- 南足柄 - 36ch
- 湯河原 - 36ch
- 愛川 - 45ch
- 箱根湯本 - 36ch
- 横須賀武 - 56ch
- 相模湖 - 22ch
- 仙石原 - 36ch
- 山北 - 22ch
- 津久井 - 45ch
- 久里浜 - 36ch
- 逗子 - 36ch
- 秦野 - 36ch
- 横須賀鴨居 - 50ch
- 湯の沢 - 14ch
- 笹下 - 22ch
CS放送
東経124・128度CS放送(スカイパーフェクTV!)でニュース専門局TBSニュースバード及び、過去のコンテンツを生かしたTBSチャンネルの2つのチャンネルを放送している。2つのチャンネルは東経110度CS放送(スカパー!e2)では委託放送事業者であるシー・ティ・ビー・エス(C-TBS)を通じて放送され、また一部のケーブルテレビでも放送されている。
TBSテレビ制作番組一覧
過去のTBS系列番組の一覧
オープニング・クロージング
TBSラジオのオープニング・クロージングはTBSラジオ&コミュニケーションズを参照のこと。
- 「赤坂鉄塔」バージョン - KRT開局-1961年3月
- 「モノクロ夕日」バージョン - 1961年4月-1962年12月
- 「ガラス棒」
- 90秒バージョン(ナレーション:藤田恒美アナウンサー) - 1963年1月(1973年1月よりカラー化)- 1987年9月
- 30秒バージョン(同) - 1973年10月 - 1991年9月
- この頃、ラジオ(当時はTBS本体がラジオ・テレビを併営していた)の終夜放送が行われるようになっていたので、最終番組終了後にラジオの深夜番組についての告知スポットを放送し、その後ブルーバック(その後夜景をイメージしたイラストに変更)の字幕で「ラジオは窓際に置いたほうがよく聞こえます。夜も更けました。音量は控えめに…」を表示してからガラス棒の映像に入った。なお60秒バージョンはオープニング・エンディング共にあったが、30秒バージョン製作時に廃止された。
- このガラス棒映像は筆記体ロゴが変更になるまで長らく使われた。
- ミクロコスモスバーション(ナレーション:林美雄アナウンサー) - 1991年9月末-1994年3月27日
- TBSロゴがミクロコスモスに変更されたことから全面的に改められた。CGで万華鏡の ような背景の中に太陽系の惑星が次々と出てくる映像。この代からステレオ化され、音声多重放送のコールサインも告げられる。また、テロップ・ナレーション から「東京放送」の名称が消えた。オープニング・クロージングは共通。周波数情報などのテロップは順に出てきて奥に小さく消えてゆく。60秒。
- 地球バージョン(ナレーション:林美雄アナウンサー) - 1994年3月28日-2000年3月
- ミクロコスモスのロゴが不評により変更になったため、音楽・ナレーションはそのまま映像を差し替えた。CGで地球を映しながら、英語で書かれた周波数情報、コールサインを地球に沿う形で流してゆくものである。
- 新社屋完成記念特別バージョン(ナレーション:鈴木順アナウンサー) 1994年10月3日
- TBSの赤坂での新社屋が完成したことによる特別バージョン。5時25分、新社屋の空撮とともに鈴木アナによる生放送での技術情報の後(文章は上記の林美雄バージョンと同一だが、音声出力を言い間違えるミスを起こしている)、当時アジア大会が開催されていた広島から磯崎社長の挨拶などが生中継された。
- 獏と子供KRバージョン(ナレーション:ケイ・グラント) - 2000年4月-2001年9月
- 「ジ〜ン」の制定により、全面的に変更となったもの。アニメーションを使い、従来の映像に比べると柔らかい印象になった。なお、「東京放送」の名称は出ないが、「Tokyo Broadcasting System」の英語名称がナレーション・映像に使われている。
- 獏と子供RXバージョン(ナレーション:林美雄アナウンサー) - 2001年10月-2003年3月
- ショートバージョン(ナレーション:吉川美代子アナウンサー) - 2003年4月-2009年12月
- 他局同様、放送終了後はフィラー化したため、オープニング・クロージングも簡略化される傾向が強い。このバージョンもその例に漏れない。なお、デジタル放送用もほぼ同じだが、アナログで「Tokyo Broadcasting System」とコールする部分は、「東京放送です」とアナウンスし、ガラス棒バージョン終了以来久々に「東京放送」の名称が使われるようになった。アナログのみ最後に制作当時のキャッチフレーズ「この窓は、キミのもの。TBS」と表示される。
- 2009年4月1日に旧TBS(株式会社東京放送)が持株会社「東京放送ホールディングス(TBSホールディングス)」になり、テレビジョン放送免許を子会社の株式会社TBSテレビが保有することになったが、同年末まで訂正もせずに従来のジャンクションが使われていた。
- コマ撮りバージョン - 2010年1月-
- コールサイン等の字幕以外は、アナログ・デジタル共通アナログではレターボックス放送になっている。。前作と同じく15秒のバージョンとなっている。コマ撮りで撮影されており、全部で150コマ、1枚あたり10分の1秒程度映し出される。手に持っている紙(全部で150枚)の絵や背景(赤坂通りから赤坂五丁目交番前交差点を左折し三分坂を登り、TBS放送センターに至る)がコマごとに少しずつ変化し、最後はTBS放送センターの前で紙の絵が「TBS」のロゴに変わる。BGMは管弦楽の音楽を使用。アナウンスは女性の声で「JORX-(D)TV、TBS(デジタル)テレビジョン」とシンプルである。
キャッチフレーズ
- お隣も6チャンネルのようですね(1975年 - 1979年)
- もうひとつの家族6チャンネル(1979年4月 - 1982年3月)
- TBS For The Best!(1982年4月 - 1987年9月)東北放送でも使用(「TBS」部分を「TBC」に変更)。
- 心にいいから、6チャンネル(1986年4月)東北放送でも使用(「6チャンネル」部分を「TBC」に変更)。
- 見せる気、まんまん。6チャンネル(1986年10月)
- こころ、満開!6チャンネル(1987年4月)
- もっと素敵に、TBS(1987年10月 - 1991年9月)テレビユー福島でも使用(「TBS」部分を「TUF」に変更)。
- 知涌き、楽踊る。(1990年4月)
- 予感。(1991年4月)
- やるテレビ。ぼくはリアルだ。TBS(1991年10月 - 1992年3月)
- テレビが好きです。TBS(1992年4月 - 1992年9月)
- 人間の味がする。TBS(1992年10月 - 1993年3月) テレビユー山形でも使用(「TBS」部分を「TUY」に変更)。
- テレビ道。TBS(1993年4月 - 1994年3月)中部日本放送でも使用(「TBS」部分を「CBC」に変更)。
- だいたん、ていねい。(1993年10月 - 1994年3月)
- YES,TBS.(1994年4月 - 1996年9月)
- TBS6(1996年10月 - 1999年3月)
- 夢をつなぐ橋。TBS(1999年4月 - 2000年3月)イメージキャラクターは326が担当した。
- 未来箱(みらいっぱこ)。TBS(2000年4月 - 2001年9月)
- TBooS(2001年10月 - 2004年3月)
- チャンネル・ロック!!TBS(2004年4月 - 2008年3月)“チャンネル・ロック!!”は「6チャンネル」と「チャンネルはそのまま」をかけており、番組の最後に流れる「クロスプログラム」(次の番組の告知)でも右上に「チャンネル・ロック」と表示された。2005年以降は、デジタル放送のリモコンIDがTBSと同じ「6」となる系列地方局でも、当該地域向けにTBSが用意する宣伝映像の中で、密かに「チャンネル・ロック」のフレーズが出てくることがある(愛媛県のあいテレビなど)。
- 全力まじめ TBS(2008年4月 - 2008年9月)
- No TV? but TBS(2008年10月 - 2009年9月頃)「テレビが無くてもTBSはある」の意。 稀に全国向けにフレーズを差し替えた“No TV? but JNN”が登場することもある。また、同じキャンペーンCMでJNNロゴと各地方局のロゴを並べたものに差し替えた地方局用のバージョンも存在する。一部番組の制作クレジット表記では「TBS(ジ〜ン)」の代わりにこのキャッチコピーを使用している。
- TBS6チェン!(2010年4月 - )
コーポレート・スローガン
局マスコット
時刻表示時間帯(時刻出し)
平日朝から昼
- 「TBSニュースバード」開始(TBSニュースバードがないときは放送開始) - 13時49分00秒(「TBSニュースバード」内と「はなまるマーケット」本編終了(通常9時53分00秒「はなまるマーケット」延長時は終了まで延長表示することが多い。)以降の全CM中・「奥さま劇場」では表示オフ)
- 「TBSニュースバード」はCSのものと共通の専用カスタムで表示。
- 「早ズバッ!ナマたまご」・「みのもんたの朝ズバッ!」はいずれも同一の専用のレッドカスタムで表示。
- 「ひるおび!」はいずれも同一の専用フォントで表示。
土曜朝
- 「TBSニュースバード」開始(TBSニュースバードがないときは放送開始) - 「知っとこ!」終了(通常9時24分00秒)まで(「TBSニュースバード」内の全CM中では表示オフ)
- 「TBSニュースバード」はCSのものと共通の専用カスタムで表示。
- 「みのもんたのサタデーずばッと」は専用の白字角カスタムで表示。
日曜朝
- 「TBSニュースバード」開始(TBSニュースバードがないときは放送開始) - 「サンデーモーニング」終了(通常9時53分00秒「サンデーモーニング」延長時は9時台最後のCM入りで消去となる。)まで(「TBSニュースバード」内の全CM中および毎月第3土曜の翌朝放送の「落語研究会」では表示オフ)
- 「TBSニュースバード」はCSのものと共通の専用カスタムで表示。
平日夕方
スタジオ
TBS放送センター(ビッグハット)
(東京都港区赤坂、赤坂サカス内)
総工費800億円をかけ、1994年4月完成。設計および管理は日本設計、施工は大林組・鹿島建設・大成建設。地上20階・地下2階建てで、“ビッグハット”の愛称は、最上部にある2層の円形パラボラデッキが由来。このパラボラデッキはヘリポート状構造的にヘリコプターの離陸のための揚力が得られないことから、ヘリポートとしての利用は不可能。になっており、ドラマや音楽番組などの収録にもしばしば使われている。尚、放送センターの土地・建物は親会社の東京放送ホールディングスが所有している。
- Aスタジオ(HD/SD、4F、260坪)…本社最大のスタジオ 関口宏の東京フレンドパークII、うたばん、みのもんたのサタデーずばッと、アッコにおまかせ!、さんまのSUPERからくりTVなど
- Bスタジオ(HD/SD、4F、260坪)…本社最大のスタジオ 中居正広の金スマ、オールスター感謝祭、CDTV、日本有線大賞など
※AスタジオとBスタジオは美術搬入口が一体化しているため、共同搬入口部を用いて連結が可能
- Cスタジオ(HD対応、4F、180坪)…バーチャル対応スタジオ はなまるマーケット、サンデーモーニング、噂の!東京マガジン、時事放談、王様のブランチ(2008年4月より)など
- Dスタジオ(HD対応、2F、180坪)…情報系生番組専用スタジオ みのもんたの朝ズバッ!、ひるおび!、報道特集、サンデージャポンなど
- Eスタジオ(HD/SD、3F、約24坪)…BS用スタジオ、中継番組の送出サブとしても使用 NEWSサンデー・スコープなど
- Fスタジオ(HD/SD、3F、約24坪)…BS用、バーチャル用スタジオ、中継番組の送出サブとして使用するほか、グローバルナビ(BS)、TBSチャンネルガイド(CS)、東京ビンゴナイト(現:単発「スーパービンゴナイト」)などでも使用
- Nスタジオ(HD/SD、2F、180坪)…ニュース専用スタジオ(報道局隣接) NEWS23クロス、Nスタ、JNN NEWS(昼のみ)、S★1など
- Pスタジオ(HD/SD、約25坪)…外が見えるガラス張りのパノラマスタジオ。中継番組の送出サブなどスポーツのメーンスタジオとしても使用。
- Sスタジオ(HD対応、報道局内オープンフロアの為面積不明)…TBSニュースバード(CS、一部BS)専用
- スタジオサカス(赤坂サカス内にある、オープンスタジオ)以前は、サカスさん、イブニングワイドで使用されていた。
TBS緑山スタジオ・シティ
(横浜市青葉区緑山)ハイビジョン対応については新設のM5スタジオから順次整備を進めて、現在は全スタジオが対応している。渡る世間は鬼ばかり、3年B組金八先生、サラリーマン金太郎、温泉へ行こうなど、ドラマ全般の制作拠点である。本スタジオの土地・建物は親会社の東京放送ホールディングスが所有しているが、管理・運営は同社子会社である「株式会社緑山スタジオ・シティ(MSC) 」が行っている。 基本的には貸しスタジオであり、M1スタジオや正面玄関・ロビーを中心として、CMや他局(NHK、東海テレビほか)の番組などTBS以外の収録も多い。
完成当初は「(東京から)遠い」、「他局との掛け持ちがしにくい」等の理由から出演者からの評判はあまり良くなかったと言われている。
- M1スタジオ(180坪)…
- M2スタジオ(180坪)…
- M3スタジオ(180坪)…
- M4スタジオ(240坪)…渡る世間は鬼ばかり
- M5スタジオ(240坪)…
- オープンロケ地(20,000坪、2,000坪)ぼくらの時代(1981年制作ドラマ)、ローソンCM、SASUKE、KUNOICHI、痛快なりゆき番組 風雲!たけし城等
- 開設時はオープンスタジオ(もしくはオープンセット)と呼んでいたが、最近になって名称が変更された。
TBS・砧スタジオ
(世田谷区砧、東京メディアシティ(TMC)内)国際放映が建物を所有し、TBSが専用使用するスタジオではあるが、CMや他局の番組などレンタルによるTBS以外の収録も多い。緑山と同じく株式会社緑山スタジオ・シティが管理している。
報道用サテライトスタジオ
ほか
情報カメラ設置ポイント
TBSの情報カメラは八丈島、銚子、隅田川を除きすべてHD対応
- 東京都
- 神奈川県
- 千葉県
- 新潟県
- 苗場スキー場(苗場プリンスホテル屋上・冬季のみで主に天気番組(コーナー)で映像が使用される。なお、苗場スキー場がある地域は、BSN新潟放送の放送エリアである。)
- このほか、SBS静岡放送が自社エリア内である静岡県伊東市および熱海市に設置している情報カメラも専用回線により同社東部総局(沼津市)経由にて受信可能(TBSからのカメラ操作はできないが、SBSの了解のもと、映像の独自使用が可能)
製作映画
- 1979年 衝動殺人・息子よ
- 1980年 天平の甍
- 1980年 復活の日
- 1988年 いこかもどろか(明石家さんま・大竹しのぶ)
- 1990年 天と地と(日本テレビとの共同製作)
- 1992年 課長島耕作(田原俊彦)
- 1993年 高校教師
- 1994年 Jリーグを100倍楽しく見る方法!!
- 1995年 1・2の三四郎
- 1995年 アンネの日記
- 1997年 義務と演技
- 1998年 大安に仏滅!?
- 1998年 アンドロメディア
- 1998年 スプリガン (アニメ)
- 1999年 催眠
- 1999年 秘密
- 1999年 カラオケ
- 1999年 サラリーマン金太郎
- 2000年 ケイゾク/映画 〜Beautiful Dreamer〜
- 2000年 はつ恋
- 2000年 クロスファイア
- 2001年 連弾
- 2001年 陰陽師
- 2002年 突入せよ! あさま山荘事件
- 2002年 ピンポン
- 2002年 命
- 2002年 DRIVE
- 2002年 マッスルヒート
- 2003年 黄泉がえり
- 2003年 あずみ
- 2003年 恋愛寫眞 College of Our Life
- 2003年 ドラゴンヘッド
- 2003年 陰陽師II
- 2003年 木更津キャッツアイ 日本シリーズ
- 2004年 半落ち
- 2004年 ゼブラーマン
- 2004年 APPLESEED (アニメ)
- 2004年 世界の中心で、愛をさけぶ
- 2004年 下妻物語
- 2004年 Jホラーシアター(感染/予言)
- 2004年 スチームボーイ (アニメ)
- 2004年 いま、会いにゆきます
- 2005年 あずみ2 Death or Love
- 2005年 四日間の奇蹟
- 2005年 劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者 (アニメ)
- 2005年 NANA
- 2005年 この胸いっぱいの愛を
- 2005年 あらしのよるに(アニメ)
- 2006年 嫌われ松子の一生
- 2006年 日本沈没
- 2006年 涙そうそう
- 2006年 木更津キャッツアイ ワールドシリーズ
- 2006年 NANA2
- 2006年 犬神家の一族
- 2007年 どろろ 〜DORORO〜(実写版)
- 2007年 バッテリー(映画版)
- 2007年 そのときは彼によろしく
- 2007年 憑神
- 2007年 Life 天国で君に逢えたら
- 2007年 包帯クラブ
- 2007年 恋空
- 2007年 クローズZERO
- 2008年 チーム・バチスタの栄光
- 2008年 映画 クロサギ
- 2008年 僕の彼女はサイボーグ
- 2008年 ICHI
- 2008年 おくりびと
- 2008年 私は貝になりたい
- 2009年 感染列島
- 2009年 ジェネラル・ルージュの凱旋
- 2009年 余命1ヶ月の花嫁
- 2009年 ROOKIES-卒業-
- 2009年 キラー・ヴァージンロード
- 2009年 劇場版 マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜(アニメ)
- 2009年 宇宙戦艦ヤマト 復活編(アニメ)
- 2009年 レイトン教授と永遠の歌姫(アニメ)
- 2010年 オーシャンズ
- 2010年 Fate/stay night -UNLIMITED BLADE WORKS-(アニメ)
- 2010年 食堂かたつむり
- 2010年 ゼブラーマン -ゼブラシティの逆襲-
- 2010年 ボックス!
- 2010年 ダーリンは外国人
- 2010年 昆虫物語 みつばちハッチ〜勇気のメロディ〜(アニメ)
- 2010年 劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-(アニメ)
- 2010年 ハナミズキ
- 2010年 大奥
- 2010年 雷桜
- 2010年 SPACE BATTLESHIP ヤマト
- 2011年 あしたのジョー
備考:最近の日本映画は「製作委員会方式」で作られる作品が主流で、TBSが制作・出資に関わる映画は、JNN基幹局の毎日放送・北海道放送・中部日本放送・RKB毎日放送も制作委員会に名を連ねている作品が多い。
アナウンサー
2009年4月以降、『TBSアナウンサー』と呼称される者はすべてTBSテレビ所属となっており、TBSテレビジョンへの出演の他、グループ会社であるTBSラジオ&コミュニケーションズ(TBSラジオ)、BS-TBSにも派遣し、『TBSアナウンサー』として出演している。ここでは、ラジオ・テレビ各分社化前のラジオ東京→東京放送(現:東京放送ホールディングス)所属だったアナウンサーも含め、列記する。
- アナウンス部長
- 齋藤薫(2005年7月 - )
- 歴代アナウンス部長
(以前はアナウンスセンター長という名称だった。)
- 三好和昭(1991年5月 - 1994年6月)
- 多田護(1994年6月 - 1997年6月)
- 弟子丸千一郎(1997年6月 - 2001年5月)
- 若林貴世志(2001年5月 - 2001年6月)
- 山田修爾(2001年6月 - 2005年6月頃)
- 石川眞実(2005年6月頃 - 2005年7月、編成局長兼務)
- 男性
- 女性
歴代アナウンサー
他部署へ異動したアナウンサー
- 男性
- 池田裕行(1987年入社、報道局記者→「JNNニュースの森」キャスター→現:JNNパリ支局長)
- 岡崎潤司(1986年入社、広報部→アナウンス部デスク)
- 佐古忠彦(1988年入社、現:報道局政治部・国会担当記者)
- 志賀大士(1996年入社、現TBSテレビ第3制作部ディレクター)
- 杉山真喜人(1988年入社、報道局外信部→コンテンツ事業局コンテンツ事業部)
- 高橋進(1976年入社、施設管理部)
- 武方直己(1986年入社、広報部)
- 中村尚登(1981年入社、報道局記者→TBSラジオニュースデスク)
- 原山理一郎(1989年入社、現TBSテレビ情報制作局情報センター情報一部…「ブロードキャスター」レポーター→「2時っチャオ!」プロデューサー→「ひるおび!」プロデューサー)
- 松下賢次(1975年入社、現経営メディア本部経営企画局)
- 女性
- 大沼真理(1984年入社、TBSテレビPRステーション部)
- 小笠原保子(1989年入社、報道局経済部記者)
- 川戸恵子(1967年入社、解説委員)
- 牧嶋博子(1983年入社、報道局政治部・宮内庁担当記者)
- 広重玲子(1996年入社、広報部)
退社したアナウンサー
- 男性
- 嘱託としてTBSニュースバード「ビジネス・ナビ」で東証リポートを担当。
- アメリカンフットボール選手。
- 現在はタレント、生島企画室会長。現在はTBSラジオで「生島ヒロシのおはよう定食」と「生島ヒロシのおはよう一直線」を担当。
- 2001年夏に定年退職。フリースポーツアナウンサー。
- TBSラジオのニュースデスクを担当。
- NHKから移籍。
- 現在「大沢悠里のゆうゆうワイド」のMCなどを担当。
- ボクシング中継、3時にあいましょうの司会などを担当。
- 現在WOWOWアナウンサー。
- キャスター、オフィス・トゥー・ワン所属。現在「久米宏 ラジオなんですけど」を担当。
- JNNニュースデスクキャスター。
- 相撲評論家・歯科医。
- 「どうぶつ奇想天外!」ナレーター。
- JNNニュースデスクキャスター。
- 定年退職。主に報道番組を担当。
- 2003年夏に定年退職。現在は嘱託として「ドキュメント258」ナレーションや「TBSラジオニュース」などを担当。
- キャスター、ジャーナリスト。みのもんたのサタデーずばッとレギュラー。
- 新堀俊明(1959年入社)
- 日本大学教授。JNNニュースコープキャスターを担当。
- 「水戸黄門」の2代目ナレーター。1998年死去。
- フリーキャスター、評論家。
- メディア・スタッフ取締役相談役。
- キャスト・プラス所属。毎年BS-TBSのマスターズゴルフの放送で登場。
- ジャーナリスト。
- 1985年頃まで報道担当。
- CMA所属、TBSラジオでニュースキャスターを担当。2007年に死去。
- 2002年在籍中に死去。
- NHKから移籍。
- 1994年死去。
- 1994年夏に定年退職。
- 本名は桝井貞之。フリーアナウンサー。
- 「ザ・ベストテン」の追っかけマンやラジオ「サーフ&スノー」のDJで有名だった。1999年死去。
- 2005年春に定年退職。現在はナレーションを中心に務める。
- 報道局記者→アメリカ留学→NGOグループ所属。
- NHKから移籍。
- 1994年定年3ヶ月前で退職。フリーアナウンサー。
- 2003年退社。早朝番組担当。
- NHK鹿児島放送局から移籍。NPO法人鉄道模型の会代表。
- メディア・スタッフ創立者。2006年に死去。
- 女性
- フリーアナウンサー。
- 現在キャスト・プラス所属。
- 新京放送局から移籍。
- 2002年春定年退職、作家。
- オリックスバファローズ・田口壮夫人。
- フリーアナウンサー。2008年死去。
- 評論家。
- NHKから移籍。
- 現在青森大学教授。
- キャスト・プラス所属。TBSラジオ「小島慶子 キラ☆キラ」パーソナリティー。
- 元「総力報道!THE NEWS」ニュースキャスター、現在「がっちりアカデミー!!」司会。
- 新京放送局から移籍。
- ノンフィクション作家。
- 現在「情報7days ニュースキャスター」「ひるおび!」に出演。
アナウンサーについての補足
- 東京放送が2004年10月よりテレビジョン放送事業全般をTBSテレビ(当時はテレビ番組制作会社)へ委託するに伴い、在籍中のアナウンサーを委託先のTBSテレビへの出向させ、2005年以降入社のアナウンサーを同社が採用していた。2009年4月に東京放送が放送持株会社へ移行に伴う吸収分割により、出向中のアナウンサーはTBSテレビへ転籍したため、全てのアナウンサーがTBSテレビの所属となっている。
- 1990年代前半まで男性の報道担当のアナウンサーは「TBSアナウンサー」としてテロップで画面に登場することは少なかった。これは突発的な事故などの際、取材記者も兼ねていたことや報道局所属という意味合いにもいえる。JNNニュースなどの提供読みも報道担当のアナウンサーはほとんど行っていなかった(例外は高橋進、向井政生ぐらい)。
- ただし五味陸仁や柴田秀一など情報番組の司会を担当していたアナウンサーもいた。
- この傾向が崩れたのは1994年頃。当時スポーツ担当だった佐古忠彦、情報番組担当だった岡田泰典が報道担当に移ってからのこと。佐古・岡田は以後報道のみの出演になるが、スポーツ担当のアナウンサーもJNNフラッシュニュースなどに登場することも多くなった。ただしベテランのアナウンサーの中には報道番組(一般ニュース)を担当したのことのないアナウンサーもいる(林正浩や松下賢次など)。
- 会社である以上、労使交渉がまとまらなければ労組のストライキも起こりうる。その場合、担当番組を管理職のアナウンサーや外部のフリーアナウンサーが代行出演する。2009年3月13日はそのことを連想させるように、テレビで『ピンポン!』『2時っチャオ!』『イブニング・ファイブ』など各番組の担当アナウンサー(メイン司会も含む)が説明もないまま欠席している。このような事態は、2000年代ではテレビ東京でも時々発生することがある。
記者
男性
女性
- 北村悠子
- 永野真代
- 宮本晴代
- 牧野ルミ
- 斎藤暁
- 樫田小夜
- 高橋史子
- 花岡薫
- 松島志保
- 樋口真佳
- 亀井美希
- 黒川朋子
不祥事・事件・トラブル
※別項が作成されている事案の詳細はリンク先を参照。1989年に発生した坂本堤弁護士一家殺害事件の発端になったとされる「TBSビデオ問題」後、TBSでは、報道被害や偏向報道、虚偽報道などを防ぐために、役員・従業員が守るべき行動基準として「TBSグループ行動憲章」を定め、TBS自身も番組制作と放送のルールを定めている。ところが、その後もTBSによる不祥事案件は減る事はなく、マスコミの信用を失墜させかねない報道や、出演者が負傷する事故を頻発させたり、社員に行政処分が下されるような重大な不祥事も相次ぎ、これに関連する書籍が存在する 「TBS「報道テロ」全記録―反日放送局の事業免許取り消しを!」 - 晋遊社(ISBN 4883805913)等、在京キー局の中でも、特に社会問題視されている。
名誉毀損・報道被害
- 石原発言捏造テロップ事件
- 2004年7月26日、ニュース番組で、代理母出産を行ったタレントの向井亜紀の講演での発言について、「生みの親」を批判する印象を抱かせるように報道したため、視聴者から向井側へ非難がよせられた。これに対し向井側は発言の一部のみを切り取って放送するTBSの手法を非難して抗議した。のちにTBSは誤りを認め向井側へ謝罪した。
- 2008年3月28日、福島県会津若松市は2月16日に放送された『歴史王グランプリ2008 まさか!の日本史雑学クイズ100連発!』で、若松城について「旧幕府軍が城を明け渡したとんでもない理由とは」との出題に対し「糞尿が城にたまり、その不衛生さから」を正解とし、それが理由のすべてのように放送され戊辰戦争時の若松城のイメージを損なうとして、TBSと番組制作会社に24日付で抗議文を郵送したことを公表した。番組制作会社の資料問い合わせ等により放送前に知った市と会津若松市観光公社が内容の見直しを要請していた
。単発番組であるため訂正放送はできないとしていたが、2008年4月8日の昼番組において謝罪した。偏向的・作為的報道
- TBS成田事件
- 安倍官房長官印象操作映像事件
- 2007年10月11日、ボクシングの内藤大助対亀田大毅の世界タイトルマッチで「実況、解説が不公平である」という抗議電話が相次いだ。なお、TBSラジオでは全く正反対の内容で放送していた亀田の深刻な反則行為についてテレビでは「亀田、若さが出てしまいました」であったのに対し、ラジオの実況は「亀田、最低の試合!」と非難していた。こともあり物議を醸した。TBSはその後も単独独占生中継であるにもかかわらず「マスジャーナリズム」を例に挙げ、視聴者もろともお互い様であると締めくくり、ネット、視聴者からの批判が相次いだ。同時に、朝日新聞・産経新聞だけではなく、身内の毎日新聞からもTBSに対して10月16日朝刊において名指しで批判を受けた。また亀田兄弟の世界戦中継の際には、興毅・大毅ともに、番組の開始から実際に試合が開始されるまでの時間が非常に長く、視聴者からの苦情が殺到していた。
- 2009年4月12日、ウェブサイト「WEB多事争論」内の掲示板コンテンツ「週刊争論」において、同サイトの編集委員を務めるTBS編集部副部長の吉岡弘行が「2009年4月のメディアの改編・刷新について」と題する記事の導入部で「麻生太郎首相が”弥栄(いやさか)”を”いやさかえ”と誤読した」と誤解に基づく批判を展開。古事・儀式ではいやさかえで正しい。読者からの指摘に対し、吉岡が誤りをすぐに認めず「しかし茶の間で観た方々は、何かしら違和感を持ったのは事実ではないでしょうか?」などと発言したために批判のコメントが殺到した。同サイトのコメント機能は停止され、「週刊争論」は2009年5月21日時点でも閉鎖されたままである。
- 2010年3月11日、関西大学の李英和教授らが朝鮮学校に対する高校授業料無償化についての会見を行ったことを取り上げたニュースで、李教授の「朝鮮学校の子ども達の為になることというのは、お金をあげることじゃなくて学校運営を民主的にすることですから」と述べた部分を、「朝鮮学校の子どもたちのためになることというのは、お金をあげることですから」というテロップを付与して放送した。TBSは翌日に訂正とお詫びを自社サイト内のニュースページ「News i」に掲載、Youtube内のTBS公式チャンネル「TBS News-i」からは当該動画を削除した。また、この件はBPOにも多数の批判が寄せられた視聴者の意見 BPO 2010年3月に視聴者から寄せられた意見。
捏造・やらせ・誤報
- 2002年7月、ドキュメントバラエティ番組『ガチンコ!』において、同番組のコーナーである「ファイトクラブ」で、取材先責任者の竹原慎二の腰に台本らしきものが挟まっていたとする噂が写真週刊誌やインターネットコミュニティ上で発覚し、その台本が写真週刊誌『FLASH』でそっくりそのまま掲載された(ただし入手先は明記されていない)。その後数々の物的証拠があがり、各コーナーで素人の一般公募者であるはずの出演者が他のバラエティ番組にも出演していたこと、何人かが、ある役をやらされたことなどから多数のやらせが発覚(竹原は「やらせは一切無い」とコメント)、その後視聴率が低下し、番組は1年後の2003年7月29日に打ち切りとなった。
- 2004年3月5日放送の報道特別番組『告白〜私がサリンを撒きました〜オウム10年目の真実』で、インタビューに出演した男性に、伝聞に基づく情報を実際に目撃したかのように証言させたとするやらせがあった、と雑誌が報じた。TBSは、誤解をまねく不適切な表現があったと謝罪したが、やらせについては否定したTBS総務局広報部
『週刊誌「FLASH」の記事について』 東京放送、2004年4月24日。TBS総務局広報部 「04年4月、井上社長定例記者会見の概要について」 東京放送、2004年4月30日。。
- TBS不二家捏造報道問題
- TBS掲示板捏造問題
- 2010年4月2日にMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島で行われていたプロ野球セントラル・リーグ 広島-巨人戦において、試合開始前にノックをしていた巨人の木村拓也コーチ(4月7日死去)がグラウンド内で突然倒れ、救急車で病院に搬送された際に、夕方の関東圏向けニュース『Nスタ』で意識不明であったにもかかわらず速報で「急死」と報じた(詳細はNスタ#不祥事を参照)。同日の『JNNフラッシュニュース』及び『NEWS23X』、TBSの公式ホームページで謝罪し、翌週の4月5日の番組冒頭でもメインキャスターの堀尾正明と長峰由紀が謝罪及び訂正を行った「Nスタ」内での字幕スーパー誤表記に関するお詫び 2010年4月2日。
- 2010年5月19日夜、5月20日朝に、民主党幹部が明かした話として「赤松農水相が外遊中に海外でゴルフをしていた」などと報じた。情報源であるはずの民主党の幹部も、20日朝になって「伝聞だった」などとして、具体的な根拠はなかったことを明らかにしたという。これを受けてTBSは、「発言に対する裏付け取材が不十分だった」として番組内で陳謝した
。
収録中の事故
- 2001年10月16日、『うたばん』の収録中にアイドルグループ・モーニング娘。のメンバーだった紺野あさ美が、スタジオ内の深さ90センチメートルの溝に転落する事故が発生。右ひざ上に合計12針を縫う怪我を負った。TBS側は謝罪したものの、デビューを目前に控えていた紺野は出演予定のコンサートやテレビ番組のキャンセルを余儀なくされた。
- 2002年5月5日、緑山スタジオでの『筋肉番付』収録中、京都大学1年の男性中国人留学生と東海大学3年の男子学生(いずれも当時)が、競技中に頚椎などを損傷する重傷、さらに1人が頚椎捻挫を起こす事故が発生。5月24日、TBSは『筋肉番付』の打ち切りを決定し、後に同番組は終了したTBS総務局広報部『「筋肉番付」について』 東京放送、2002年5月13日。。ただし、5か月後の2002年10月12日より『体育王国』に改称する形で事実上再開している。
- 2006年8月、緑山スタジオでの『KUNOICHI』の収録中に参加者が感電し病院で手当てを受ける事故が発生したが、TBSは県警や消防への通報および事故の公表を行わなかったことが判明した。また、事故の際他の参加者への事故の説明を一切行っていなかった。TBSは安全確認の徹底に努めるとして謝罪した。
- 2007年3月3日、緑山スタジオでの『新SASUKE2007』の収録中、お笑いコンビブラックマヨネーズの小杉竜一が左肩を脱臼する事故が発生した。緊急搬送されたが、事故の公表も警察への通報も行わなかったことが判明した。放送では小杉の競技の模様はオンエアーされたが、脱臼に関する部分は一切カットされていた。その後、小杉を含む計5人が負傷し、うち1人は足を複雑骨折して全治6か月の重傷で入院していることが判明した。TBS側は「けがは通常起こりうる範疇のもの」と釈明した。また、一連の事故に対するマスコミのTBS批判に対し、TBS社長井上は定例記者会見で「不当なバッシング」と述べた。
- 2007年4月19日、2002年の『スポーツマンNo.1決定戦 芸能人サバイバルバトル』の収録において、俳優の金子昇が手首を骨折する怪我を負っていたことが判明した。『KUNOICHI』『SASUKE』の事故と同様に事故の公表や警察への通報をしていなかった。
- 2007年4月25日、『第二週刊アサ(秘)ジャーナル』で、バギーによるタイムトライアルの収録中に、出演者の江口ともみが転倒する事故が発生し、腎臓を損傷し手術で摘出するという重傷を負った。TBSは謝罪したが、後に収録はバギーを管理する那須バギーパークの安全に対する警告がありながら強行されたことが判明した永本悦巳 「プレスリリース『テレビ番組収録中の事故について』」 那須バギーパーク、2007年4月29日。。
- 2008年3月29日、生放送の『オールスター感謝祭』でお笑いコンビ次長課長の河本準一が、1コーナー「大相撲赤坂場所」(体にローションを塗って相撲を取るゲーム)で、マットを被せた発泡スチロール製の土俵で胸を強打し、右胸の肋骨を骨折。全治1か月の怪我をした
。ただし河本本人はそれ以降もこの企画には参加している。
- 2010年1月21日、『オレたち!クイズMAN』のロケ中にお笑いコンビ・オードリーの春日俊彰が非常に危険なスタントを行い、左足関節を骨折する事故が発生した。クッションやダンボールを厚さ約1m20cmほどに重ねた着地場所の養生マットに着地。しかし、背中から落ちる予定だったが、誤って足から落ちた。この事故が起きた後、入院し手術を受けたという。この事故を受けTBS側は「ご本人をはじめ、オードリー・若林正恭氏、所属事務所ほか関係各所の皆様に大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」と謝罪。「今後このような事故が起こらないように番組制作上の安全管理をさらに徹底していく」としている。
不適切な表現・取材
- 2007年11月30日、横綱朝青龍記者会見のため両国国技館近くで待機していたTBS腕章着用者が屋外で喫煙するところを日本テレビに生中継された。公道上か国技館敷地内かは不明だが、公道上であれば墨田区路上喫煙禁止条例違反、国技館敷地内であっても国技館指定の喫煙所ではないため、いずれにしてもマナーに反する行為であることに変わりはない。
- 2008年12月に千葉県東金市で発生した東金市女児殺害事件において、知的障害者である容疑者に対して、TBSの女性記者による不適切な取材活動が「事件をめぐる一部の報道こそ、捜査をかく乱し、差別も助長した」として警察、弁護側双方から指摘されている。TBSが弁護団のクレームを受けた後も、不適切な映像を流し続けていることを受けて、弁護団は告発の動きを進めていると報道されている○○ちゃん殺害事件の裏にTBSのモラルなき蛮行。
- 2010年2月14日、バンクーバーオリンピックでカーリングのチーム青森の非公開練習を無断で盗撮し、JOCにより出入り禁止処分となる。
その他のトラブル
- TBSビデオテープ押収事件
- 2010年の1月から3月に放映されたドラマ『特上カバチ』で、行政書士が、法律で認められていない示談交渉を行う場面が描かれたとして、大阪弁護士会がTBSに正式に抗議し、DVD販売や再放送の自粛を求めた。
- 2010年6月1日にさいたまスーパーアリーナ開催された、韓国のテレビドラマ『アイリス』のイベント「ドラマティック・ライブステージ『IRIS』」において、本来、特設花道として使用する部分を誤って座席スペースとして発券してしまい、該当する観客に席の移動を促したところ、当該観客から抗議を受けるトラブルに発展した。その後、係員が代替の3階席に誘導したが、その3階席に通じる階段が閉鎖されており、4階・5階席への代替に再変更するなどの不手際が相次ぎ、更に抗議を受け、会場は一時騒然となった。同イベントを主催したTBSは、当該座席を購入した観客の内、会場で既に返金手続きを済ませた観客を除いた全ての人に、代金9800円全額を返金する措置を発表した。
社員・関係者による不祥事
- 2005年5月11日、公式サイトに掲載されていたコラム「ダッグアウト」にて、毎日・朝日・読売の各新聞社からの記事盗用が発覚した。1本のコラムに複数の記事から盗用していた例もあり、盗用された記事は計39件にも及んだ。TBSは当初「外部のフリーライターがやったこと」と発表していたが、のちに当時の編成制作本部スポーツ局担当部長が行い、フリーライターがやったように見せかける偽装工作が判明し、同部長は解雇された。また、その後の社内調査でこれとは別に3件の盗用があることが判明した。
- 2003年3月29日、メディア推進局副理事(当時)が東京国税局より9千数百万円の申告漏れを指摘され、うち、7000万円は不正な所得隠しであると認定された。これは取締役として属していた子会社のTBSエンタテインメント(当時)から番組制作費を下請けプロダクションへ水増し発注し、水増し分をキックバックさせて得ていたものとされる。本人は不正を認めなかったが、TBSは「会社の信用を傷つけた」として諭旨解雇処分とした。
- 2009年1月7日、制作局に勤務する男性従業員がファイル交換ソフトを利用して他局の人気番組を違法にダウンロードし著作権侵害をしていたことがわかった。
- 2009年7月17日、『キミハ・ブレイク』の収録中、8月1日スタートのドラマ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の番宣を兼ね、東京都葛飾区の荒川河川敷にて花火数十発を打ち上げたが、その時間は警察に届けていた「20時から21時」をとうに過ぎた22時45分であったため、所轄の亀有警察署には苦情の110番通報が数件寄せられた。番組ディレクターは、「収録が長引いた。ご迷惑をかけてすみません」と謝罪、警察は注意と再発防止を指導した。その後の31日には、『こち亀』の主人公・両津勘吉を演じるSMAP香取慎吾が通報を受けた亀有署の一日警察署長を務めた。本来は『ぴったんこカン・カン』での企画であり、『キミハ・ブレイク』内での当企画の放送予定は当初は無かったが、上記の通りスケジュールが大幅に押したため、『キミハ・ブレイク』内での放送となった。
- 2009年11月12日、英国人女性殺人事件の容疑者が送検された際、送検車の前に立ちふさがり運転席側窓ガラスを数回叩くなど警察官の職務を妨害したとして、千葉県警行徳警察署はTBS情報制作局の男性ディレクター(30)を公務執行妨害容疑で現行犯逮捕した。なお、『神戸新聞』に逮捕されたTBS社員の実名が掲載され、『みのもんたの朝ズバッ!』の制作などに携わっていたことが判明している。
2010年7月1日、千葉地検は、この男性ディレクターについて、起訴猶予処分にしたことを明らかにした。- 2009年11月29日、男子ゴルフツアー「カシオワールドオープン」にて、石川遼選手らを取材していたTBSクルーの乗ったカートが観客の女性4人をはねる事故を起こした。被害者のうち一人はカートの下敷きになったまま約10メートル引きずられ、左眼窩底骨折の重傷で高知市内の病院に運ばれた。関係者は業務上過失傷害の疑いで警察から事情聴取された遼クン取材のTBSカート暴走、観客4人はねる読売新聞2009年11月29日。該当のカートは大会2日目にも強引な運転等によって大会運営を妨害したとされ、運営側から注意を受けていた遼くんギャラリーなぎ倒したTBSカートは2日目にもイエローカード。
出典
関連項目
- 東京放送ホールディングス
- JNN
- TBSテレビ制作番組一覧
- 毎日放送テレビ番組一覧
- TBSチャンネル(CS放送)
- TBSニュースバード(CSニュース)
- TBSオンデマンド(動画配信サービス)
- 横浜ベイスターズ
- 毎日新聞社
外部リンク
- TBS
- TBSテレビ 会社の情報
- TBSオンデマンド - TBSの動画配信サイト
- News i - TBSの動画ニュースサイト
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*TBSてれひ
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赤坂
衛星役務利用放送事業者
13ていひいえすてれひ
三井グループ出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
- 2009年11月12日、英国人女性殺人事件の容疑者が送検された際、送検車の前に立ちふさがり運転席側窓ガラスを数回叩くなど警察官の職務を妨害したとして、千葉県警行徳警察署はTBS情報制作局の男性ディレクター(30)を公務執行妨害容疑で現行犯逮捕した。なお、『神戸新聞』に逮捕されたTBS社員の実名が掲載され、『みのもんたの朝ズバッ!』の制作などに携わっていたことが判明している。
- 2009年7月17日、『キミハ・ブレイク』の収録中、8月1日スタートのドラマ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の番宣を兼ね、東京都葛飾区の荒川河川敷にて花火数十発を打ち上げたが、その時間は警察に届けていた「20時から21時」をとうに過ぎた22時45分であったため、所轄の亀有警察署には苦情の110番通報が数件寄せられた。番組ディレクターは、「収録が長引いた。ご迷惑をかけてすみません」と謝罪、警察は注意と再発防止を指導した。その後の31日には、『こち亀』の主人公・両津勘吉を演じるSMAP香取慎吾が通報を受けた亀有署の一日警察署長を務めた。本来は『ぴったんこカン・カン』での企画であり、『キミハ・ブレイク』内での当企画の放送予定は当初は無かったが、上記の通りスケジュールが大幅に押したため、『キミハ・ブレイク』内での放送となった。
- 2009年1月7日、制作局に勤務する男性従業員がファイル交換ソフトを利用して他局の人気番組を違法にダウンロードし著作権侵害をしていたことがわかった。
- 2003年3月29日、メディア推進局副理事(当時)が東京国税局より9千数百万円の申告漏れを指摘され、うち、7000万円は不正な所得隠しであると認定された。これは取締役として属していた子会社のTBSエンタテインメント(当時)から番組制作費を下請けプロダクションへ水増し発注し、水増し分をキックバックさせて得ていたものとされる。本人は不正を認めなかったが、TBSは「会社の信用を傷つけた」として諭旨解雇処分とした。
- 2005年5月11日、公式サイトに掲載されていたコラム「ダッグアウト」にて、毎日・朝日・読売の各新聞社からの記事盗用が発覚した。1本のコラムに複数の記事から盗用していた例もあり、盗用された記事は計39件にも及んだ。TBSは当初「外部のフリーライターがやったこと」と発表していたが、のちに当時の編成制作本部スポーツ局担当部長が行い、フリーライターがやったように見せかける偽装工作が判明し、同部長は解雇された。また、その後の社内調査でこれとは別に3件の盗用があることが判明した。
- 2010年6月1日にさいたまスーパーアリーナ開催された、韓国のテレビドラマ『アイリス』のイベント「ドラマティック・ライブステージ『IRIS』」において、本来、特設花道として使用する部分を誤って座席スペースとして発券してしまい、該当する観客に席の移動を促したところ、当該観客から抗議を受けるトラブルに発展した。その後、係員が代替の3階席に誘導したが、その3階席に通じる階段が閉鎖されており、4階・5階席への代替に再変更するなどの不手際が相次ぎ、更に抗議を受け、会場は一時騒然となった。同イベントを主催したTBSは、当該座席を購入した観客の内、会場で既に返金手続きを済ませた観客を除いた全ての人に、代金9800円全額を返金する措置を発表した。
- 2007年11月30日、横綱朝青龍記者会見のため両国国技館近くで待機していたTBS腕章着用者が屋外で喫煙するところを日本テレビに生中継された。公道上か国技館敷地内かは不明だが、公道上であれば墨田区路上喫煙禁止条例違反、国技館敷地内であっても国技館指定の喫煙所ではないため、いずれにしてもマナーに反する行為であることに変わりはない。
- 2007年4月25日、『第二週刊アサ(秘)ジャーナル』で、バギーによるタイムトライアルの収録中に、出演者の江口ともみが転倒する事故が発生し、腎臓を損傷し手術で摘出するという重傷を負った。TBSは謝罪したが、後に収録はバギーを管理する那須バギーパークの安全に対する警告がありながら強行されたことが判明した永本悦巳 「プレスリリース『テレビ番組収録中の事故について』」 那須バギーパーク、2007年4月29日。。
- 2007年4月19日、2002年の『スポーツマンNo.1決定戦 芸能人サバイバルバトル』の収録において、俳優の金子昇が手首を骨折する怪我を負っていたことが判明した。『KUNOICHI』『SASUKE』の事故と同様に事故の公表や警察への通報をしていなかった。
- 2007年3月3日、緑山スタジオでの『新SASUKE2007』の収録中、お笑いコンビブラックマヨネーズの小杉竜一が左肩を脱臼する事故が発生した。緊急搬送されたが、事故の公表も警察への通報も行わなかったことが判明した。放送では小杉の競技の模様はオンエアーされたが、脱臼に関する部分は一切カットされていた。その後、小杉を含む計5人が負傷し、うち1人は足を複雑骨折して全治6か月の重傷で入院していることが判明した。TBS側は「けがは通常起こりうる範疇のもの」と釈明した。また、一連の事故に対するマスコミのTBS批判に対し、TBS社長井上は定例記者会見で「不当なバッシング」と述べた。